忍者の金庫番machiwabiの日記。金庫番という一般的には堅めな役割の割には、どんぶりで、それでいて時にナイーブな一面も見せるmachiwabiが綴る酔っ払い日記。
女が階段を上がる時
- machiwabi
- 投稿日時
- 2008年10月07日 11:46PM
「一冊の本」10月号の金井さんの文章を読んで久々跳んで冴え渡ったその内容にもう笑うしかないと思って、なんだか元気が出た。
お金もないし、映画もあんまり観たいと思わなかったりして、なんもかんも不調。追い討ちはガタヤマ映画館閉館問題のゴタゴタ話。学歴も財産もないけどダテニ人生経験あるもんで「おいしい話」とやらにまったく安易に気乗りできない性分で、大人のみなさんがあれやこれやと差し出してくれるお話にぴんとこないままわたしは曖昧な返事、そうこうしていたらそんな話やっぱり頓挫したらしい話、いろいろな黒い噂、わたしのような単なる映画馬鹿の小市民が政治ややくざ屋さんや運動家さんや実業家さんやそんなしがらみたくさんの中心に借り出されるなんてそもそもありえない話なのだ、と思う。
今はそう思えるのだけど、これまでの2週間くらいは相当精神的に打ちのめされてまいっていた。
曲りなりとも映画館をやりたい人間であることは確かだし人生の目標と言うか生きる目的というか、そうであるわけなので、危ない橋でも渡ろうかなあどうしようかなあと迷うのは当たり前。正直もうぐらぐらだった。
あー、見かけ倒しの自分を本当に恨む。
見た目はとても偉そうで気が強そうでふてぶてしいらしいのだけど、実は中身はヨワヨワのヘナチョコ、精神的基礎体力ゼロなので、そのギャップがいろいろ悲劇を生んでいることは確か。
『女が階段を上がる時』、成瀬作品の中ではそれほどおもしろい方ではなかったけど、デコちゃんに自分を重ねて「あーあ」な気持ちになって、ちょうど2本立てのもう一本だった『晩菊』の杉村春子をみてこれだこれだこのふてぶてしさ!、そして人生の1本である『あらくれ』のデコちゃんを再び思い出し、シミュレーション&トレーニングに励もうと思う。
女は生まれながらに娼婦の素質があるそうなので、そのあたりの自覚について考えてみようかと思う今日この頃。もうこの歳では遅いかしらん?増村保増監督『女体』の浅丘ルリ子ばりに身勝手な女に成り下がる勇気を!
所詮くそたれな人生なのだから毎日が楽しくなくちゃね。これからも我慢なんかしない人生。
『三十九夜』
『大人は判ってくれない』
『あこがれ』
『晩菊』
『女が階段を上がる時』
『グーグーだって猫である』
『フライング☆ラビッツ』
『闇の子供たち』
『戸田家の兄妹』
『革命の歌』
『熱愛者』
『恋の画集』
『エル・スール』
『わたしが棄てた女』
『女体』
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