忍者の金庫番machiwabiの日記。金庫番という一般的には堅めな役割の割には、どんぶりで、それでいて時にナイーブな一面も見せるmachiwabiが綴る酔っ払い日記。
病院、お見舞い、盆踊り。
- machiwabi
- 投稿日時
- 2006年08月04日 11:52PM
実家で暮していないと、お彼岸だなあとかお盆だなあとかいう実感は逃してしまいがち。なので、我が家では、なるべくそういった世の風習を意識して生活している。
お彼岸には仏花を飾るし、土用の丑には鰻を喰らう。地元の神社の年中行事にもなるべく通う。
なので、盆踊り大会だって、あしげく通うのだ。
昔の日本人が季節折々にしてきたことは、意味がないわけではない。まねっこでも実行してみると、心が少しだけ豊かになる気がする。
仕事の休みたんびに映画ばかり観ていても、人生の幅は広がらないからね。ある一部分をどんなに掘り下げても、すべてを知ったことにはならないでしょ。この、情報ばかりが氾濫する今の世の中で、問われるのはもはや経験値だという節もある。
たしかテレビゲームでも、クリアするには経験値が必要だったような。
大好きな映画館のオーナーがすごく嫌なやつでもその映画館を嫌う必要はないと思うし、反対に、すごく良い人がやっている映画館だけどちょっと雰囲気悪かったらその映画館を好きになる必要はないと思う。いい人が撮った映画だからといって面白くなかったら好きになる必要はないと思うし、素晴らしい映画の監督がいいやつである必要もない、と思う。
と、昨日仕事の帰り道の電車の中で、ひとり自問自答していたのだった。意外に、みんな、どうもそうは思わないらしい。素敵な映画館のオーナーは素敵なかつ人格者に決まってる、と思い込むらしい。
ま、それは願望として持つのは当たり前。そうであるにこしたことはないのだけど、現実はそうとばかりは言えないわけで、だからといってがっかりすることはない、と私は思う。
思い通りでなかったな、と思うたびにがっかりしていたら疲れる。
給料日にはりきって買った1000円の上等なチーズが美味しくなかったり。
疎遠になっていた祖母が末期ガンで入院していることを知らされて、先日数年ぶりに会いに行ってきた。末期とはいえガン治療をしているので、強い薬のせいで、話をしていても終始ボーっとしている。わたしが先日30歳になったと言うと、子供の頃のわたしの話などをぽつぽつとし出して、そうかわたしは昔からわたしだったんだなあと、好奇心旺盛で勝手で自己中心的なわたしだったなあと、懐かしくも嫌な気分に浸った。高齢になってからのガンはしんこうが遅いと聞く。まだがんばってくれるといいけど。
「死にたいなと思ったことはあっても、長生きしたいなんて今まで思ったこともなかったけど、こんなふうになってから少しでも長く生きたいなあって欲が出てきてねえ・・・」という祖母のことばに、なんだかとても感動した。客観的に。これが人間なんだな、あれこれ今自分が思ったり言ったりしていることはあくまで途中経過。いつかわたしもここにたどり着く。
うだうだしながらでもいいから、まだまだ自分もがんばらないとな。
『あなたと私の合言葉 さようなら、今日は』(59年、市川崑監督)★★
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